幻視は、脳の誤作動で起こるものです。症状が起きた時には、「そんなことはない」と頭ごなしに否定するのではなく、家族や介護をする人が近付いたり、触ったりして、それが幻であることを理解してもらい、不安が強い時は一人にしないようにしましょう。
目次
レビー小体型認知症は、アルツハイマー型認知症に次いで、2番目に発症数が多い認知症です。他の認知症と同様、認知機能の低下による症状が生じるほか、パーキンソン症状と呼ばれる運動症状や幻視(実際にはないものが見える)、睡眠時の行動異常など、特有の症状を伴うのが特徴です。
レビー小体型認知症は、「レビー小体」と呼ばれる異常なたんぱく質の塊が、脳の神経細胞を壊すことで生じる認知症です。発症すると、他の認知症と同じように記憶力・理解力・判断力といった認知機能の低下による障害を生じます。症状には波があり、日や時間帯によってはっきりしている時とぼんやりしている時を繰り返すという、認知機能が変動するのが特徴です。
また、レビー小体型認知症の場合、筋肉のこわばりや震えといった運動症状(パーキンソン症状)のほか、幻視(何もないところに人や動物、虫が見えるなど)やレム睡眠行動異常(睡眠中に異常な行動をとる)といった特有の症状も伴います。
レビー小体型認知症は、65歳以降の発症が多いですが、早い方は40代で発症することもあります。国内の患者数は約20万人と推定され、老年期の認知症の10~20%を占めると言われていますが、高齢化の進む日本では今後、さらに患者数の増加が予想されています。また、男性の発症が多く、その比率は女性の約2倍となっています。
レビー小体型認知症の進行速度はさまざまですが、中には進行が早いケースもあり、早期発見が非常に重要です。現在、レビー小体型認知症を完治させる治療法は見つかっていませんが、早期に発見して治療を行うことで、進行を緩やかにすることが可能です。
気になる症状が現れた時は、放置せず早期に検査を受けることをおすすめします。
以下の項目に複数当てはまる場合、レビー小体型認知症の可能性があります。
早期に受診して詳しい検査を受けることをおすすめします。
レビー小体型認知症は、脳の神経細胞の変性によって起こる神経変性疾患で、大脳皮質にαシヌクレインを主成分とする異常なたんぱく質の塊(レビー小体)が蓄積することで起こります。なぜレビー小体ができるのか、はっきりとした原因は不明ですが、現時点では脳の年齢的な変化によるものであると考えられています。
蓄積したレビー小体が神経細胞を損傷することで、脳の神経伝達に支障をきたして徐々に認知機能が低下しますが、記憶や感覚を司る側頭葉だけでなく、色や形といった視覚情報の処理を司る後頭葉(視覚連合野)にも障害が及ぶため、幻視が起こりやすくなると考えられています。
なお、同じく脳の神経変性疾患である「パーキンソン病*1」も、レビー小体によって起こる病気の1つです。レビー小体型認知症は、レビー小体が大脳皮質に多く現れますが、パーキンソン病は、レビー小体が脳幹という部分に多く現れるのが特徴で、パーキンソン病からレビー小体型認知症に移行するケースもあります。
また、レビー小体は脳以外に現れることもあり、全身に張り巡らされた自律神経細胞にできると慢性便秘症や起立性低血圧を生じることが知られています。このようにそれぞれ症状は異なりますが、レビー小体によって起こる病気は、総称して「レビー小体病」と呼ばれています。
*1脳内で、身体を動かすための神経伝達物質(ドパミン)が作られにくくなり生じる疾患。数十年かけて進行し、手足のこわばり、震えなどの運動症状(パーキンソン症状)を引き起こすのが特徴。
(図)脳の構造とレビー小体によって引き起こされる病気
レビー小体型認知症の症状は、診断の決め手となる特徴的な症状(中核的特徴)と、それ以外の心身に現れるさまざまな症状(支持的特徴)の大きく2種類に分けられます。
「記憶障害(物忘れ)」のほか、「見当識障害(いつ・どこなど状況を正しく判断できなくなる)」や物事を順序立てて行う「実行機能障害」などが現れます。ただし、アルツハイマー型認知症に比べ、症状が軽いことも多く、初期のうちは症状があまり目立たないこともあります。
レビー小体型認知症の場合、日や時間帯によって認知機能が変動するのが特徴で、意識がはっきりしていて受け答えや判断力に問題がない状態と、ぼーっとしていて反応が薄い状態を周期的に繰り返すため、意識状態が良い時には発症に気が付かないこともあります。
「壁に虫がいる」「ベッドの上に子供がいる」など、実際にはないもの(人や動物、虫など)が見える幻視や、布団が人の形に見えるといった錯視が起こるようになり、それに伴い、妄想や異常な行動をとることもあります。このような視覚性の認知障害は夜間に現れやすく、発症初期から高い頻度で起こるため、他の認知症との判別に役立つことがあります。
筋肉がこわばる、手足が震える、姿勢を保てない、急に止まれない、無表情になる、小股歩行(細かくちょこちょこ歩く)などの運動症状が起こります。
高齢になると症状が目立たない場合もありますが、動きが緩慢になるため転倒のリスクが高くなり、寝たきりを招くこともあるため注意が必要です。
睡眠中に大声で叫ぶ、手足を激しく動かして暴れる、寝ぼけた状態で起き上がって動き回る、といった症状が現れます。これらは、眠りが浅く夢を見ている「レム睡眠時」に起こるため、「レム睡眠行動障害」と呼ばれています。認知機能が低下する何年も前から、こうした睡眠時の異常行動が現れることがあります。
自律神経(呼吸や血圧、内臓の働きを支配している神経)を司る交感神経と副交感神経のバランスが悪くなり、倦怠感や便秘、尿失禁、起立性低血圧、寝汗、頻尿、立ちくらみなど、さまざまな症状を生じます。
嗅覚が鈍くなり、「腐敗臭やガスの臭いなどが分からない」「料理をおいしく感じられない」「香水などを付け過ぎる」など、日常生活に支障をきたすことがあります。
認知機能障害が現れる数年前から、このような症状が起きている場合もあります。
「食欲がない」「気持ちが晴れない」「何をするにも意欲がわかない(アパシー)」「悲しくなる」「不安で落ち着かない」など、うつ症状や不安症状が発症初期から現れることがあります。
※その他、気分や態度の変動が大きく、無気力な状態と興奮、錯乱を繰り返す、抗精神病薬の過敏性が高くなる、過眠、転倒を繰り返す、姿勢が不安定になる、失神を起こすなどの症状が見られることもあります。
レビー小体型認知症の診断には、以下のような診察と検査を行います。
ただし、症状の現れ方には個人差があり、日や時間帯によって認知機能が変動するため、診断が難しいケースもあります。
ご本人から症状や発症時期、お身体の状態、過去の病歴、お困りの事などを詳しく伺います。
また、ご家族からも普段の生活の様子などを伺います。レビー小体型認知症は運動症状を伴うため、歩行の状態や麻痺・感覚障害の有無などを調べる神経学的診察も併せて行います。
患者さんの「物忘れ」が認知症によるものかを調べる検査です。
質問表を使用し、面談形式で質問にお答えいただく他、文章や図形を描く検査などを行い、記憶や見当識、実行機能などの脳の機能を評価します。「改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やミニメンタルステート検査(MMSE)といった簡易検査のほか、さらに詳しい検査も行います。
血液検査、必要に応じて心電図検査、X線検査などでお身体の状態を確認します。
他の病気との鑑別に役立つだけでなく、治療方針を決定する上でも、全身の健康状態を確認することは重要です。
頭部CT検査またはMRI検査
脳の萎縮や梗塞、出血などの異常がないかを調べる検査です。レビー小体型認知症は、脳全体に萎縮が見られますが、アルツハイマー型認知症に比べ、海馬(記憶を司る)の萎縮は軽度なことが多いです。
SPECT検査
脳の血流を調べる検査です。レビー小体型認知症では、頭頂葉や後頭葉の血流低下が認められることが多いです。
ドパミントランスポーターシンチグラフィ検査
頭部に薬剤(放射性医薬品)を注射し、それから出る放射線を特殊なカメラで撮影することで、ドパミン(神経伝達物質)がうまく取り込めているかを確認する検査です。
MIBG心筋シンチグラフィ検査
心臓を支配する自律神経の機能を調べるための検査です。レビー小体型認知症では、レビー小体が心臓を支配する交感神経にも蓄積することが知られており、発症初期からこの検査で異常が見られるため、他の認知症との鑑別に役立ち、診断の決め手になることがあります。
※上記のような精密検査が必要な場合、地域の連携医療機関をご紹介いたします。
変性(死滅・脱落)した神経細胞は再生せず、レビー小体型認知症を根本的に治す方法はないため、病気の進行を抑え、症状を和らげることが治療の目的になります。
薬物療法と非薬物療法があり、組み合わせて行います。
レビー小体型認知症の治療では、中核的特徴、支持的特徴、それぞれに対する治療を行います。
ただし、レビー小体型認知症の方は薬剤への過敏性が高く、通常の量でも薬が効きすぎたり副作用が強く現れたりするため、薬剤の選択は慎重に行い、必要最小限の使用に留めます。
認知機能の改善には、アルツハイマー型認知症の治療薬である「コリンエステラーゼ阻害薬」を使用します。コリンエステラーゼ阻害薬には、ドネペジル(アリセプト®)、ガランタミン(レミニール®)、リバスチグミン(イクセロンパッチ®またはリバスタッチ®)*2の3種類がありますが、レビー小体型認知症の治療では現在、ドネペジルのみ保険適用となっています。
これらのコリンエステラーゼ阻害薬は、幻覚や妄想、うつなどの精神症状の改善にも一定の有効性があると報告されています。
*2イクセロンパッチ®またはリバスタッチ®は会社名が異なりますが同じ薬です。
メマンチン(メマリー®)は、コリンエステラーゼ阻害薬と同じく、アルツハイマー型認知症の治療に使われる薬剤です。レビー小体型認知症の場合、注意力の改善には有効とされているものの、認知機能を改善する効果は認められていませんが、妄想や幻覚、夜間行動異常、食欲異常といった精神症状を改善するために使用することがあります。
幻視に対して、漢方の「抑肝散」が有効な場合があります。
幻視や妄想、不安などの精神症状が強く、前述の認知症治療薬や抑肝散で改善しない場合は、過敏症に注意しながらクエチアピン(セロクエル®)などの抗精神病薬によるコントロールを検討します。
震え・筋肉のこわばりなど、神経伝達物質であるドパミンの不足によって起こるパーキンソン症状には、レボドパ(メネシット®、マドパー®)などの抗パーキンソン病薬の服用を行います。
パーキンソン症状が強いと寝たきりや車いす生活になるケースが多いため、薬物療法で症状の悪化を抑える必要があります。
※その他、レム睡眠行動障害に対し、けいれんを抑える作用のあるクロナゼパム(リボトリール®)を使用する場合もあります。
さまざまな活動を通して脳を活性化し、残された認知機能や生活能力などを高める治療で、おもに以下のような種類があります。
認知症の場合、最近の出来事は忘れやすい反面、昔の思い出などを思い出すことが出来る事が多いです。出身地や仕事、趣味、特技など昔の思い出を話すことで、精神的な安定感が得られ、認知機能にも良い影響を与えると考えられています。お話をする他にも、昔住んでいた場所を訪ねる、昔好きだった映画や音楽などを鑑賞するといった方法もあります。
適切な運動は脳を活性化して認知機能を高める効果があるだけでなく、運動機能を高めて寝たきりや転倒のリスクを減らす効果も期待できます。患者さんの体力に合わせた、有酸素運動や筋力トレーニングなどが有効と考えられています。
「自分は誰で、ここはどこか」など、自分と自分の居る環境を正しく理解する訓練をすることで、見当識などの認知能力を高める効果があると考えられています。
手の指を使ったり、考えたりする活動で脳の働きを高め、認知機能の向上・維持ができると考えられています。日記を書く、絵を描く、間違い探し、パズル、簡単な計算、音読、トランプや連想ゲーム、しりとりなど楽しんで行えるものを選ぶことが大切です。
クラシック音楽を鑑賞する、馴染みのある童謡や歌謡曲を歌う、楽器を演奏するなど、個人やグループで行うことで、脳を活性化して感情を安定化させる効果があると考えられています。
花や野菜を育てることで、感情を安定させたり、自発性を高めたりする効果があると考えられています。
幻視は、脳の誤作動で起こるものです。症状が起きた時には、「そんなことはない」と頭ごなしに否定するのではなく、家族や介護をする人が近付いたり、触ったりして、それが幻であることを理解してもらい、不安が強い時は一人にしないようにしましょう。
また、幻視を減らすには、住環境の整備も有効です。幻視は、夜間や暗い場所で起こりやすいため、部屋を明るくするほか、誤認の原因になりやすいものは置かない、段差を解消するなど、できるだけ室内をシンプルなデザインにまとめましょう。これらの対策を続けることは、幻視を起こりにくくするだけでなく、転倒によるけがの危険性を減らす効果も期待できます。
レビー小体型認知症は、日本人の小阪憲司先生が発見した認知症です(私も、小阪憲司先生に長年ご指導いただきました)。
レビー小体型認知症は、アルツハイマー型認知症と比べて、さまざまな症状がみられ、認知機能、運動症状、精神症状、併存する内科疾患など、全体的な状態に注意しながら、細かな治療が必要になることが多いです。また、発症前には、レム睡眠行動障害(睡眠中に大声で叫ぶ、手足を激しく動かして暴れるなど)、抑うつ、嗅覚障害などがみられることも多いです。気になる症状がある際は、気軽にご相談ください。