前頭側頭葉変性症
frontotemporal lobar degeneration

前頭側頭葉変性症

前頭側頭葉変性症は、脳の前頭葉や側頭葉が萎縮して起こる認知症で、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症と並び、4大認知症の1つと言われています。

発症数は認知症全体の約1%程度と少ないですが、発症年齢が若く、初期の段階から人格の変化や言語障害、社会性の欠如といった特徴的な症状を伴うことが知られています。

前頭側頭葉変性症とは

前頭側頭葉変性症は、脳の神経細胞が変性する病気(神経変性疾患)であり、大脳にある前頭葉や側頭葉の神経細胞が萎縮し、血流が悪化することで発症すると考えられています。

脳は、身体全体をコントロールする司令塔であり、最も多くの部分を占める前頭葉は、おもに思考や感情表現、判断を司り、人格や社会性、理性に大きく関わる領域です。また、側頭葉も言語や記憶、聴覚などを司る中心的な部分であり、理解力や感情に関わる重要な領域であることが知られています。前頭側頭葉変性症を発症すると、これらの領域が正しく機能しなくなるため、通常の認知症に見られる記憶障害(物忘れ)だけでなく、人格の変化や社会性の欠如、言語障害といった特有の症状が現れ、時に激しい問題行動に繋がることもあります。

日本国内における前頭側頭葉変性症の患者数は、推定12,000人程度で、男女の発症率に大きな差はありませんが、40~50代の発症が多く、65歳未満に生じる「若年性認知症」のおもな原因の1つであることが知られています。社会生活の中核として仕事や子育て、介護などを支える現役世代の発症は、家計の問題やお子さんへの影響なども深刻になることが予想されます。

前頭側頭葉変性症は、詳しい発症のメカニズムが分かっておらず、有効な治療法もないことから、2015年に国の指定難病に認定されています。

治療法については今後の医療の進歩に期待するところですが、まずはご家族が病気を正しく理解して受け入れることが重要です。福祉サービスなどを積極的に活用し、専門の医療機関と連携して病気と向き合っていくことが、患者さんのQOL(生活の質)を高めると同時に、ご家族の介護の負担を減らすことにも繋がります。

当院は、日本認知症学会専門医・指導医である院長をはじめ、看護師、心理士、精神保健福祉士など幅広い職種のスタッフが在籍し、多方面から患者さんやご家族のサポートを行う体制を整えております。何か気になる症状やお困りのことがある時はお気軽にご相談ください。

(図)前頭側頭型認知症で脳に萎縮を生じる部位

前頭側頭葉変性症のセルフチェック

前頭側頭葉変性症は、初期の段階から以下のような症状を生じるのが特徴です。

これまでの人柄では見られなかった言動や言葉が出にくいなど症状が現れた時などは、前頭側頭葉変性症の可能性が考えられますので、早期に日本認知症学会の専門医に相談されることをおすすめします。

  • 知っているはずの言葉を聞いても意味が分からない
  • 人や物の名前が出にくくなった
  • お店や他人のものを勝手に盗ってしまう
  • 信号を無視する、一時停止を行わないなど、決められた交通ルールが守れない
  • 天候などに関わらず、毎日のように急に出かけてしまう
  • 甘い物を異常に好む、同じ料理を食べ続ける、あるだけ食べ物を食べてしまう

前頭側頭葉変性症の原因

前頭側頭葉変性症は、前頭葉や側頭葉に異常なたんぱく質が蓄積して神経細胞が徐々に壊され、部分的な萎縮を生じることで発症します。

近年の研究により、「タウ蛋白」「TDP-43」「FUS」と呼ばれる3つのたんぱく質が発症に関連しており、その中でもタウ蛋白とTDP-43によるものが多いことが分かってきていますが、なぜ前頭葉や側頭葉にだけこのような変化が起こるのかはまだ分かっていません。

なお、欧米では前頭側頭葉変性症の患者さんの30~50%の患者さんに家族歴が認められていますが、日本では遺伝による発病と思われるケースはほとんどありません。

前頭側頭葉変性症の症状

前頭側頭葉変性症には、「行動障害型(前頭側頭型認知症)」と「言語障害型(意味性認知症・進行性非流暢性失語)」の3種類があります。それぞれ症状には特徴がありますが、どの型も初期の段階では通常の認知症に多い「物忘れ(記憶障害)」や幻覚、妄想はあまり目立たず、見当識(月日や時間、自分がどこにいるかなどの状況や周囲との関係など)も比較的保たれています。

病気が進行し、筋力が低下してくると問題行動は徐々に減り、平均6~8年程度で寝たきりになりますが、筋の委縮や筋力の低下が起きている場合にはさらに進行が早い場合もあります。

行動障害型のおもな症状

行動障害型は、初期の段階から人格や嗜好が大きく変化し、行動異常が目立つのが特徴で、周囲からは人が変わったように見えることがあります。

  • 自発性の低下、意欲減退

今までやっていた仕事や趣味、さらに歯磨きや入浴といった日常生活に必要な行動もやろうとしなくなるなど、積極的に物事に取り組む姿勢や意欲が見られなくなります。

  • 無関心(感情鈍麻)

自分や周囲への興味や関心がなくなり、身だしなみに気を使わなくなります。
他人への共感や感情移入ができなくなり、他人の痛みや苦しみに対して傷付けるような発言をしたり、無関心な態度をとったりすることがあります。

  • 食事や嗜好の変化

毎日同じものばかり食べ続ける、味付けの濃い物や甘い物を好むなど、食習慣や食べ物の好みが変わります。抑制がきかずに盗み食いや冷蔵庫を漁ることもあります。
さらに症状が進むと、手に取るもの全てを口に運んで食べようとすることもあります(口唇傾向)。

  • 抑制が効かない(脱抑制、社会性の欠如)

自制心が無くなり、刺激を受けた反応や欲求が抑えられずに本能のままの行動をとるようになります。社会性が失われるため、相手に対して遠慮が無くなり、礼儀に欠ける行動をとる、暴力をふるう、度を越した悪ふざけをするといった行動が目立つようになります。
万引きや痴漢行為、信号無視などの反社会的な行動を引き起こすこともありますが、道徳観が失われているため、本人は罪悪感が全くありません。

  • 同じ行動を繰り返す(常同行動)

毎日決まった時間に決まった行動をとる「時刻表的生活」が目立つようになります。
散歩では、毎日同じ時間に同じコースを何時間も歩き回ることがあります(常同的周遊)。
また、膝や手、机を叩き続ける、太ももをさすり続けるといった反復行動を続けることもあります。これらの常同行動は、無理にやめさせると機嫌が悪くなり、暴力をふるうこともあります。

  • 注意力、集中力の低下、維持困難(立ち去り行動)

注意力や集中力を保つことが難しくなります。診察時に突然診察室を出て行ってしまったり、話の途中で急にいなくなったりするなど、周囲の状況を考えずに立ち去ってしまうことがあります。

  • 周りからの影響を受けやすい(被影響性の亢進)

周りで起きている事に影響されやすく、相手が話した言葉をオウム返しに繰り返す、動作を真似する、同じ言葉を言い続けるなど、外からの刺激に対して反射的に反応するようになります。

言語障害型のおもな症状

言語障害型は、言葉に関する機能が損なわれるのが特徴です。
言葉の意味を理解できない、文章を組み立てられないといった症状を生じる「意味性認知症」と、言葉は理解できるものの発話がスムーズにできなくなる「進行性非流暢性失語」の2種類があります。進行すると、他人とコミュニケーションをとることが難しくなるため発話が減り、数年すると行動異常型に見られる行動障害の症状も現れるようになります。

  • 言葉の意味が理解できない(語義失語)

言葉の聞き取りはできるものの、言葉の意味が分からなくなります。例えば、「利き手はどちらですか?」と聞くと「利き手とは何ですか?」と聞き返してくる状態です。また、「鉛筆」「冷蔵庫」など知っているはずの言葉の意味が分からなくなり、ヒントを出しても答えることができません。
団子を「だんし」、海老を「かいろう」、八百屋を「はっぴゃくや」と読むなど、読み間違いも増えます。

  • 助詞や助動詞などが脱落し、文の構造化ができない(失文法)

言葉の理解はできるものの、「私、店、行く、友達、だ」のように、話しをする時に格助詞(が、を、に、など)が欠落し、文の作成が難しくなります。

  • たどたどしい話し方で、発語の際に歪みや誤りを生じる(発語失行)

言葉の理解はできるものの、言葉がもつれてしゃべりづらく、言葉の誤りも多くなります。

前頭側頭葉変性症の検査と診断

診察では患者さんの様子や行動を観察し、前頭側頭葉変性症特有の症状の有無を確認します。
また、日頃から患者さんの様子を見ているご家族からもご自宅での様子などをお伺いします。
診察の結果、前頭側頭葉変性症の疑いがある場合には以下のような検査を行います。

神経心理学的検査

認知機能の程度を調べる検査です。質問表を使用し、面談形式で質問にお答えいただく他、文章や図形を描く検査などを行い、記憶や見当識、実行機能などの脳の機能を評価します。

「改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やミニメンタルステート検査(MMSE)といった簡易検査のほか、さらに詳しい検査も行います。

頭部CT検査またはMRI検査

脳の萎縮や梗塞、出血などの異常がないかを調べる検査です。当院では受診当日に頭部CT検査が可能です。

行動障害型の前頭側頭型認知症の場合、前頭葉の内側に萎縮が見られることが多いのに対し、言語障害型の意味性認知症は側頭葉の前方、進行性非流暢性失語では、前頭葉後部の言語や運動に関わる部分に萎縮が見られます。   

SPECT検査

脳の血流を調べる検査です。前頭葉や側頭葉の委縮している部分に血流の低下が認められます。MRIでは軽度な萎縮しかみられなくても、SPECT検査により前頭葉、側頭葉の血流低下が顕著であることが判明する場合もあります。

  • PET検査

脳内の糖代謝の状態から脳の機能の低下を調べる検査です。(保険適用外)
※MRI検査やPET検査、SPECT検査などの精密検査を行う場合、地域の連携医療機関をご紹介いたします。

前頭側頭葉変性症の治療

現在、前頭側頭葉変性症の症状を改善したり、進行を抑えたりする治療法はありません。

そのため、言語障害がある場合には言語療法を行うなど、対症療法が中心となります。

行動障害が目立つ場合にはうつ病の治療に使われる抗精神病薬である「選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)」が有効な場合もあります(保険適用外)。

ただし、暴力や反社会的な行動など、周りへの影響があまりにも大きい場合には、一時的な入院を検討することもあります。

前頭側頭葉変性症のケアのポイント

前頭側頭葉変性症の患者さんのケアにはいくつかのポイントがあります。

食事や着替えなどの日常生活上の動作は比較的維持されるため、患者さんの病態や特徴を理解して行動をコントロールすることで、介護するご家族の負担を軽減することも可能です。

  • 行動パターンを把握する

常同行動を行う患者さんは、同じ行動を習慣的に繰り返します。散歩に出かけても迷子になることはありませんが、外出先でトラブルを起こしたり、巻き込まれたりする可能性があるため、予め患者さんの立ち寄るお店や場所を把握し、事前に連絡先などを伝えておくと安心です。

できる限り患者さんの意思を尊重することが望ましいですが、危険が伴う場合や周囲に迷惑をかけてしまう場合は、短期入院などを挟むことで問題行動がリセットされるケースもあります。

  • 日常のスケジュールを一定に保つ

環境の変化や突然のスケジュール変更は、患者さんを刺激して興奮させてしまう可能性があります。食事や散歩、入浴など1日のスケジュールをあらかじめ決めておき、予定通りに進むようにしましょう。就寝前の手順などをルーチン化することで、睡眠の質を改善する効果も期待できます。

また、平日は同じ施設のデイケアに通う習慣を付けると、患者さんはもちろん、ご家族の方の生活の質も保つことが可能です。

  • 常同行動のパターンを利用する

患者さんは時間にこだわることが多いため、常同行動のパターンを利用し、「何時に○○をする」と決めておくと行動が管理しやすくなります。一日中出歩いて困る場合には、午後3時をおやつの時間と決め、時間通りに戻ってきてもらうのも良い方法です。

  • 物の管理

甘い物や味の濃い物を好むようになり、食べ過ぎを繰り返していると肥満や糖尿病などのリスクが高くなるため、食べ物は見えないところに保管しましょう。進行すると、口いっぱいに食べ物を詰め込んで窒息しそうになったり、車のカギや洗剤など食べられないものまで口に入れてしまったりすることもあるため、口に入れられそうなものは置かないことも大切です。

  • 家族だけで抱え込まない

前頭側頭葉変性症の患者さんは、その病態から自己中心的な行動になりがちですが、自分が病気だとは全く思っていないため、ご家族にかかる負担が大きく、介護をする側が体力的・精神的に参ってしまうことがあります。介護は長期に及ぶ場合も多いため、家族だけで解決しようとせず、介護サービスなどを積極的に活用し、介護する方が心の余裕を持てる環境を作ることが大切です。

よくある質問

1. 前頭側頭型認知症と診断された場合、どのような支援制度を利用できますか?

比較的若い年齢で発症する前頭側頭葉変性症の場合、ご家族の年齢も若いことが多いため、さまざまな支援制度の活用を検討していく必要があります。

40歳以上の場合、介護保険の利用が可能で、認定を受ければ通所や訪問、施設などの介護サービスが利用できます。また、65歳までに前頭側頭葉変性症と診断された場合、若年性認知症の支援制度の活用が可能です。さらに、2015年7月からは国の指定難病に認定され、重症度などの要件を満たしている場合には医療費の助成を受けることができます。

その他にも患者さんの重症度や生活状況などによって受けられる支援があります。

当院では、精神保健福祉士のスタッフが在籍し、認知症の患者さんとそのご家族のご相談にのっておりますので、不明な点やご不安などがありましたらお気軽にご相談ください。

院長からのひと言

前頭側頭葉変性症は、若年発症の認知症でアルツハイマー病に次いで多い疾患です。前頭側頭変性症の病初期では、認知機能検査や画像検査では異常が見られないことも多く、ご本人やご家族の情報が診断の頼りになります。最近、色々なことに無関心になった、急に運転が荒くなった、言葉が出づらいなど、気になる症状がありましたら、気軽にご相談ください。

記事執筆者

相生山ほのぼのメモリークリニック 院長 松永 慎史
相生山ほのぼのメモリークリニック

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  • 略歴・経歴

    • 2007年藤田医科大学医学部 卒業
    • 2007年藤田医科大学病院 研修医
    • 2009年藤田医科大学医学部 精神神経科
    • 2011年医療法人静心会 桶狭間病院 藤田こころケアセンター 医長
    • 2014年藤田医科大学医学部 精神神経科講師
    • 2018年藤田医科大学医学部 認知症・高齢診療科(内科) 講師
    • 2020年相生山ほのぼのメモリークリニック開院
  • 所属学会

    • 日本認知症学会 専門医・指導医
    • 日本老年精神医学会 専門医・指導医
    • 日本精神神経学会 専門医・指導医
    • 日本精神神経学会 認知症診療医
    • 精神保健指定医
    • 難病指定医
    • レビー小体型認知症研究会 推奨医
    • 認知症サポート医

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