血管性認知症の方は、症状が進んでからも「ご自身が病気である」という意識が残っています。
血管性認知症は、脳の血管に障害が起きることによって引き起こされる認知症です。物忘れなどの症状のほか、障害が起きた血管の場所や範囲によって手足の麻痺などの運動障害や言語障害といった症状を併発するのが特徴です。
血管性認知症とは、おもに脳の血管に起こる病気(脳卒中*1)がきっかけになり、認知機能が低下する状態を指します。血管性認知症の患者数は、認知症全体の約20%と言われています。脳梗塞や脳出血の好発年齢である60~70代に起こることが多く、女性に比べ男性の発症が多くなっています。
血管性認知症を発症すると、他の認知症と同様に認知機能の低下による症状が現れますが、障害が起きた血管の場所や広がり具合によって、手足の麻痺や言語障害、嚥下障害などの神経症状を伴うこともあります。また、血流障害の起きた領域の機能は失われますが、それ以外の領域は機能が維持され、できる事とできない事の差が大きくなることから、「まだら認知症」とも呼ばれています。
血管性認知症は、新たな脳卒中が起きることで階段状に症状が進んでいくため、脳卒中の危険因子である高血圧や糖尿病、心疾患といった生活習慣病の適切な治療が不可欠です。
血管性認知症の平均余命は正常な方よりも短く、男性5.1年、女性6.7年程度と言われていますが、脳卒中の再発を防ぐことができれば、予後を改善できる可能性も高くなります。脳血管疾患の有無に関わらず、記憶障害や身体症状、言語障害などの症状に気付いた時は放置せずに早期にご相談ください。
*1脳梗塞、脳出血、くも膜下出血がある。突然の発作で身体機能や言語機能が失われ、重症の場合、意識を失って倒れ、死亡もしくは重い後遺症が残ることもある。
(図)脳血管疾患(脳卒中)の種類
血管性認知症は、脳卒中に伴い急激に症状が現れることが多いです。また、症状が良くなったり悪くなったりを繰り返すこともあり、認知症の徴候が見過ごされてしまうケースもあり、注意が必要です。以下のような徴候が現れた時は詳しい検査を受けることをおすすめします。
通常、脳の内部は多数の血管が張り巡らされ、その中を通る血液が神経細胞に酸素や栄養を供給していますが、脳卒中によって脳の血管に障害が起きると、神経細胞に十分な酸素や栄養が届かなくなり、神経細胞が破壊されることで認知機能の低下や神経症状などを引き起こします。
このような脳卒中は、血管の老化とも言われる「動脈硬化*2」が原因で、加齢や生活習慣などが原因で起こる生活習慣病(高血圧や糖尿病、心疾患、脂質異常症など)が危険因子となっています。脳梗塞には、脳血管の動脈硬化によってできた血栓が詰まるケースのほか、心臓でできた血栓が血流に乗って脳血管を詰まらせる「心原性脳塞栓症」もあります。また、脳出血の中には頭部に受けた外傷の後遺症として発症するケースもあります。
*2本来しなやかで弾力のある血管の弾力性が失われ、血管の壁が硬く厚くなって血液の流れが滞る状態。
なお、血管性認知症には、脳の重要な血管に生じる単独の脳卒中(戦略的脳卒中)によって起こるものや、小さな脳卒中を何度も繰り返して生じるもの(多発性脳梗塞)などもあります。
戦略的脳卒中は、突然、強い症状で発症するのが特徴で、脳の視床(ししょう)や尾状核(びじょうかく)に起こるものが知られています。一方、多発性脳梗塞は、小さな細い血管に小さな梗塞が点在しているのが特徴で、梗塞部分が小さいため発症が緩やかな場合もあります。
血管性認知症は、脳の領域によってさまざまな症状を引き起こします。
「認知機能障害」「行動・心理障害(BPSD)」「身体症状(神経症状)」の大きく3種類があります。
物忘れ(記憶障害)を始めとする認知機能障害が現れます。
症状の現れ方にはバラつきがあり、突然症状が出現する場合もあれば、落ち着いていると思ったら急に悪化する場合もあります。また、「特定のことはできるが、他のことは全くできない」など、正常な部分とそうでない部分がまだら状に混ざっているケースも見られます。
通常、血管性認知症による認知レベルの低下は、脳卒中を再発するたび階段状に症状が進行しますが、小さな脳卒中が多発する多発性脳梗塞は進行が緩やかな場合もあります。
≪中核症状の種類≫
(図)脳卒中の再発と認知症の進行
BPSDは、「Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia」の略で、認知症の方に生じる心理的および行動的症状を指します。血管性認知症の方はご自身でも病気を自覚し、変化に気付いているため、落ち込みや怒り、抑うつなどのBPSDを生じやすいと言われています。
≪BPSD症状のおもな種類≫
脳の血管障害の起きた位置や領域により、以下のような神経症状を生じることがあります。
≪神経症状の種類≫
診察では、患者さんの様子や行動を観察し、認知機能の低下やその他の症状の有無を確認します。また、日頃から患者さんの様子を見ているご家族の方からご自宅での様子をお伺いします。診察の結果、血管性認知症の疑いがある場合には以下のような検査を行います。
認知機能の程度を調べる検査です。質問表を使用し、面談形式で質問にお答えいただく他、文章や図形を描く検査などを行い、記憶や見当識、実行機能などの脳の機能を評価します。
「改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)」や「ミニメンタルステート検査(MMSE)」などの簡易検査や、さらに詳しい検査も行います。
萎縮や梗塞、出血など、脳の形状に異常がないかを調べるために頭部CT検査やMRI検査を行います。
脳の血流を調べる検査です。脳卒中が起きている領域の血流低下が認められます。
※当院ではCT検査が実施できます。MRIやSPECT検査が必要な場合、地域の連携医療機関をご紹介いたします。
血管障害によって壊死した脳の神経細胞を元通りにすることはできないため、血管性認知症の治療は症状の進行を抑えることが目的になります。
脳卒中の危険因子である生活習慣病の治療を行います。また、BPSDによる症状が強く、生活に支障をきたす場合には症状を和らげる対症療法を行います。さらに、血管性認知症は、アルツハイマー型認知症を合併しているケースも多く、必要に応じて抗認知症薬の使用なども検討します。
血圧を下げる薬(血圧降下剤)、血液をサラサラにして固まりにくくする薬(抗血栓薬、抗凝固薬)、コレステロールを下げる薬(コレステロール低下剤)などで血液の状態を改善します。
高血圧症、糖尿病、脂質異常症など、生活習慣病の種類によって使用する薬剤は異なります。
興奮や苛立ち、意欲や自発性の低下などが見られる場合には、抗精神病薬などが有効なことがあります。また、抑うつ症状が強い場合には、抗うつ剤の使用を検討します。
アルツハイマー型認知症を合併している場合、「コリンエステラーゼ阻害薬」や「NMDA受容体拮抗薬」などの抗認知症薬による治療を行います。コリンエステラーゼ阻害薬は、アルツハイマー型認知症の治療薬であり、現在、ドネペジル(アリセプト®)、ガランタミン(レミニール®)、リバスチグミン(イクセロンパッチ®またはリバスタッチ®)の3種類が認可されています。
また、違うタイプの抗認知症薬であるNMDA受容体拮抗薬は、現在、メマンチン(メマリー®)という薬剤のみが認可されています。
血管性認知症は、加齢や不適切な生活習慣が原因で起こる生活習慣病が危険因子であるため、日常生活全般を見直して改善する必要があります。
塩分や脂質、糖分の多い食事、食べ過ぎ、大量の飲酒などは動脈硬化を進行させ、脳卒中による認知症の発症リスクを高めます。摂取カロリーをコントロールするほか、塩分や糖分、脂質、アルコールの摂り過ぎを控え、栄養のバランスの良い食事を規則正しくとりましょう。
適度な運動は、心血管の状態を改善して脳卒中のリスクを軽減します。
患者さんの年齢や身体の状態に合わせた有酸素運動(ウォーキング、ジョギングなど)や筋力トレーニングを定期的に行いましょう。
タバコは「百害あって一利なし」と言われるように、タバコに含まれる多くの化学物質が血管の内側の細胞を痛めつけて動脈硬化を進行させ、脳卒中や心疾患の発症リスクが高くなるため、すぐに禁煙しましょう。
失われた認知機能や運動機能、言語機能の回復を目指すためのリハビリテーションも有効です。
脳には失われた機能を他の部分が補う可能性があると言われています。正常な部分とそうでない部分が混じっている血管性認知症は、リハビリテーションによる改善が得られやすく、特に年齢が若いほど高い効果があると考えらえています。
ただし、無理なリハビリは患者さんの強いプレッシャーになり、苛立ちや落ち込みを感じてうつ傾向になることもあるため、患者さんの状態に合わせて無理なく進めていくことが大切です。
≪おもな認知症リハビリの種類≫
認知症の場合、最近の出来事は忘れやすい反面、昔の思い出などを思い出すことが出来る事が多いです。出身地や仕事、趣味、特技など昔の思い出を話すことで、精神的な安定感が得られ、認知機能にも良い影響を与えると考えられています。お話をする他にも、昔住んでいた場所を訪ねる、昔好きだった映画や音楽などを鑑賞するといった方法もあります。
適切な運動は脳を活性化して認知機能を高める効果があるだけでなく、運動機能を高めて寝たきりや転倒のリスクを減らす効果も期待できます。患者さんの体力に合わせた、有酸素運動や筋力トレーニングなどが有効と考えられています。
「自分は誰で、ここはどこか」など、自分と自分の居る環境を正しく理解する訓練をすることで、見当識などの認知能力を高める効果があると考えられています。
手の指を使ったり、考えたりする活動で脳の働きを高め、認知機能の向上・維持ができると考えられています。日記を書く、絵を描く、間違い探し、パズル、簡単な計算、音読、トランプや連想ゲーム、しりとりなど楽しんで行えるものを選ぶことが大切です。
クラシック音楽を鑑賞する、馴染みのある童謡や歌謡曲を歌う、楽器を演奏するなど、個人やグループで行うことで、脳を活性化して感情を安定化させる効果があると考えられています。
花や野菜を育てることで、感情を安定させたり、自発性を高めたりする効果があると考えられています。
血管性認知症の方は、症状が進んでからも「ご自身が病気である」という意識が残っています。
家族や周囲の方の何気ない一言で傷付き、感情失禁(感情の調節がうまくいかず、過度に感情が表に出る)を起こしてしまうこともあるため、できないことを責めるのではなく、できたことに目を向けるなど、患者さんの気持ちに寄り添ったケアを心がけましょう。また、症状の変化や将来の不安など、患者さんやご家族の不安を減らすためには、医療機関や地域包括支援センター、ヘルパーさんなどと連携してケアを行っていくことが大切です。
血管性認知症でみられる症状の変動は、脳の血流の変化によるもので、脳の血流量が低下するタイミングで症状が出現したりします。起床後や食後、体温が高い時や水分が不足している時などは血流が低下しやすいため、認知症の症状が現れやすくなります。他にも自律神経が乱れている時や、体調不良の時なども認知症の症状が強くなるため、日頃から、患者さんの状態を観察し、症状がどのように変動するのか記録してみると、症状の現れる時間やタイミングを把握しやすくなります。
症状が強く現れている時や体調が悪い時などに無理をすると、更に症状が悪化する可能性があるため、落ち着いた静かな環境で休むなどの対策をとることが大切です。
血管性認知症は脳卒中で発症することが多く、急激な認知機能低下がみられることがあります。急に物忘れが増えた、急に出来ていたことができなくなった、などの症状がみられる場合は、急ぎ医療機関へ受診してください。また、生活習慣病のある方や喫煙者の方は、血管性認知症のリスクが高くなります。日頃から生活習慣に注意しましょう。