基本的に躁状態の時は気分がよく、病気だという自覚がないため、患者さんの多くはうつ状態の時に受診します。双極性障害は、躁とうつ、両方が現れて初めて診断が付く病気であり、受診時に明らかな躁状態が認められない場合にはうつ病と診断されることもあります。
目次
双極性障害は、気分が高揚する「躁(そう)状態」と気分が落ち込む「うつ状態」に悩まされる病気です。激しい気持ちの波に振り回され、社会生活や対人関係などにトラブルが起こりやすくなりますが、適切な治療で症状をコントロールできれば、安定した日常生活を送ることも可能です。
双極性障害は、活動的でハイテンションになる「躁(そう)」と、憂鬱な気分に陥る「鬱(うつ)」という両極端な状態(病相)が交互に出現する病気です。
気分の波は誰にでもあり、嬉しい時に気持ちが高揚し、悲しい時には気持ちが落ち込むのは自然なことです。しかし、双極性障害の場合、この気分の変化が通常のレベルを超えて病的に激しくなるのが特徴で、極端に活発になって無茶な行動をとる時期があるかと思えば、一転して抑うつ状態に陥り、自分自身の存在すら否定してしまうなど、猛烈な気持ちの浮き沈みに翻弄されて自分ではコントロールできなくなります。
双極性障害は、かつて「躁うつ病」と呼ばれていたこともあり、うつ病の1つのタイプだと思われがちですが、うつ病とは全く異なるメカニズムで発症する脳の病気であり、治療方法は大きく異なります。うつ病に比べ患者数は少ないですが、決して珍しい病気ではなく、約100人に1人の割合で発症すると言われています。また、女性の発症が多いうつ病とは異なり、性別による差はほとんどなく、うつ病の好発年齢よりも若い20歳前後で発症するケースが多くなっています。
双極性障害の一番の問題は、ご本人やご家族の社会生活に大きな支障をきたすことです。
躁状態による突発的な行動が周囲とのトラブルを招き、ご本人はもちろん、ご家族が振り回されることもしばしばで、時には社会的な信用や財産、職業を失うケースもあります。
また、一転してうつ状態に陥ると、自分が行った言動への自責感から「希死念慮(死んでしまいたいという思い)」が強くなり、自殺率が高くなることも指摘されています。
症状の現れ方や程度は個人差がありますが、放置していると徐々に症状が激しくなり、患者さんはもちろん、周囲の方に大きな負担がかかるため、早期に適切な治療を開始して症状をコントロールしていくことが重要です。
(図)双極性障害の症状の現れ方
以下の項目は躁病相、うつ病相に良く見られる症状です。
両病相のおもな項目に当てはまり、気分の差が激しい場合には双極性障害の可能性があります。
早期にご相談ください。
双極性障害は、性格によるものやストレスが原因で起こるこころの病気ではなく、身体の設計図とも言える「ゲノム*1」要因が大きく関わる脳の病気だということが分かっています。
発症の詳しいメカニズムはまだ解明されていませんが、細胞内でカルシウム濃度や細胞の興奮性*2の調節に何らかの変調をきたし、気分の調節を司る神経伝達物質の機能が変化することが原因だと推測されています。
現時点で発症の原因となる特定の遺伝子は見つかっていませんが、遺伝的素因(なりやすい体質、ストレスに対する敏感さ・弱さなど)のある人が、何らかの環境的なストレスなどをきっかけに発症する可能性が高いと考えられており、親が双極性障害を患っている場合、発症リスクが10倍になると言われています。
*1 遺伝子を始めとするすべての遺伝情報のこと。
*2 神経細胞や筋細胞といった興奮性細胞は、電気的な興奮によって情報を伝える。
双極性障害は、躁症状とうつ症状が交互に出現します。
躁症状から始まることもありますが、一般的にうつ状態から始まるケースが多く、躁病相よりもうつ病相が長くなるのが特徴です。
通常、それぞれの病相は、症状のない時期(寛解期)を挟んで入れ替わりますが、再発を繰り返すうちに入れ替わる間隔が短くなり、症状の持続時間は長くなります(急速交代化)。
年に4回以上、病相を繰り返すものは「急速交代型(ラピッドサイクラー)」と呼ばれ、治療の効果が得られにくくなることが知られており、いわゆる「普通の状態」である寛解期はほぼ失われます。
また、患者さんによっては、「気分が高揚している最中に涙を流す」など、躁とうつが同時に現れることもあります。このような状態は「混合状態」と言われ、気分が落ち込んでいるものの、行動力は増している不安定な状態のため、突発的に命を絶ってしまうケースもあり注意が必要です。
気分が高揚してハイテンションになり、積極性が増して活発になります。
周囲が驚く行動をして人格を疑われたり、社会的信用を失ってしまったりすることがありますが、本人は病気だと思っておらず、むしろ調子が良いと感じている場合もあります。
(例)
心身のエネルギーが切れた状態で、憂鬱な気持ちが続き、無気力になります。
絶望感や無力感にさいなまれ、不眠症状も現れるため、うつ病と混同されてしまうこともあります。
(例)
症状の程度や現れ方には個人差があり、「双極Ⅰ型障害(はっきりとした躁状態が認められるもの)」「双極Ⅱ型障害(軽い躁状態があるもの)」の2種類に分類されています。
周囲から見てもはっきりと分かるような躁状態とうつ状態が交互に現れます。
躁状態時に行った問題行動が原因で、仕事や家庭、人間関係などが悪化し、人生を棒に振ってしまうこともあるため、早期に適切な治療が必要です。躁状態による影響が激しい場合、ご本人や周囲のご家族を守るために入院が必要になることもあります。
(図)双極性Ⅰ型障害の特徴
軽い躁状態(軽躁)とうつ状態が交互に現れます。
Ⅰ型ほどの激しい躁状態ではなく、周囲の人が「いつもよりやけに元気だな」と思う程度であるため、社会生活に大きな支障をきたすことは少ないです。
ただしⅡ型の場合、うつ状態が長く続くため、自殺のリスクはⅠ型よりも高くなる傾向があり、しっかりとした治療を行う必要があります。
(図)双極性Ⅱ型障害の特徴
双極性障害の診断には詳しい問診を行います。
診察時は、患者さんの症状や発症時期、お身体の状態、家族歴などをお伺いするとともに、問診時の振る舞いや受け答えなどから精神状態を分析します。患者さんご自身が症状に気付いていないこともあるため、日常の様子を見ているご家族や友人など、周囲の方からの客観的な情報も診断の重要なポイントになります。
患者さんによっては数年単位で病相が変わるようなケースや、受診時までに躁状態が現れていないケースもあり、正しい診断が付くまでに年単位の時間がかかる場合もあります。
また、問診の結果、何らかの身体的な疾患が原因で双極性障害と似た症状が出ている可能性がある場合は、必要に応じて血液検査やCT、MRIなどの画像検査を行います。
≪躁鬱性障害に似た症状を引き起こす病気≫
脳炎、脳腫瘍、甲状腺、副腎などの内分泌系ホルモン異常、膠原病などの自己免疫疾患
※その他、ステロイドなどの治療薬、違法ドラッグ(覚せい剤など)の使用で双極性障害に似た症状が出ることもあります。
双極性障害は、完治が難しい病気ですが、適切な治療で症状を安定させることは可能です。
双極性障害の治療の中心は薬物治療になります。症状に応じて、心理・社会的療法を併用して行います。
激しい気分の波を抑制し、社会生活をスムーズに送ることができるようにするため、薬物療法を行います。症状が強く現れている急性期はしっかりと薬で症状を抑える必要がありますが、状態が安定したら徐々に使用量を調整します。ただし、双極性障害は再発しやすい病気で、症状が安定している状態(維持期)でも再発を予防するため、薬物療法を継続する必要があります。
気分安定剤は、躁状態やうつ状態を抑制して気分を安定させる作用があり、双極性障害治療の基本となります。薬剤の種類が多く、それぞれ特徴があるため、患者さんの症状によって薬を選択し、組み合わせて使用することも多いです。
患者さんによっては副作用が現れることもあるため、薬剤を変更するなどして患者さんに合った薬を見つけることが大切です。
≪おもな気分安定薬の種類と特徴≫
中枢神経に作用し、抑えることができない感情の高まりや行動を抑える効果があります。症状が安定している維持期にも使用することがあります。
脳の神経を鎮め、気分の高ぶりを抑える効果があります。躁状態の改善に有効ですが、焦燥感を伴ううつ状態にも効果が期待できるため、混合状態や不機嫌な躁状態の時なども使用します。
うつ状態の改善に有効であり、症状が安定している維持期にも予防薬として使用します。
脳神経の過剰な興奮を抑え、気分の高ぶりを抑制する効果があり、躁状態の改善に有効です。
気持ちの高ぶりや不安感を鎮める効果があり、躁症状とうつ症状の改善に有効です。再発を予防する効果も期待できます。抗精神病薬としても使用します。
うつ状態や不安感を鎮める効果があり、うつ症状の改善に有効です。
躁状態や症状が安定している維持期にも使用することがあります。
気持ちの高ぶりや不安感を鎮める効果があり、躁症状の改善に有効です。症状が安定している維持期にも使用することがあります。
うつ状態や不安感を鎮める効果があり、うつ症状の改善に有効です。
心理社会的治療とは、病気に対する理解を深め、うまくコントロールをしていく方法を身に付けるために行う治療であり、以下のような方法があります。
躁とうつ、それぞれの病相の注意点など、病気の特徴や症状や治療薬に対する理解を深め、病気との付き合い方を身に付けます。発症初期に行うことが重要であり、寛解を目指して症状のコントロールをする方法を学ぶとともに、再発の予兆に自分で気付けるようになることを目指します。
患者さんのご家族が、病気に対する理解を深め、患者さんと協力して病気に対応できるようになることを目指します。
うつ状態になると、悲観的な考え(マイナス思考)に陥りやすくなるため、ご自身の状況を客観的に見る訓練で考え方のクセに気付き、少しずつ合理的な考え方ができるようにします。
睡眠や食事、仕事など一日に行った行動や、対人接触の程度、その時の気分などを記録してご自身の状況を把握します。記録を継続し、全体を振り返って眺めることで、患者さんにとって再発や症状の悪化に結び付きやすいストレス(イベント)などを客観的に知ることができ、再発の前に現れるサイン(徴候)にもいち早く気付くことができるようになります。
参考:スマイルナビゲーター 双極性障害(双極症)の患者さんのためのわたしの「気分史」手帳
※外部サイト
基本的に躁状態の時は気分がよく、病気だという自覚がないため、患者さんの多くはうつ状態の時に受診します。双極性障害は、躁とうつ、両方が現れて初めて診断が付く病気であり、受診時に明らかな躁状態が認められない場合にはうつ病と診断されることもあります。
実際、うつ病がなかなか治らないと思ったら双極性障害だったというようなケースも多く、初診でうつ病と診断された患者さんの約2割は、後から双極性障害に診断が変わるとも言われています。
過去の行動を含め、躁状態と思われる時期が現れた場合は、忘れずに医師に伝えましょう。
抗うつ薬は躁状態を引き起こす可能性があるため、双極性障害の治療では原則使用しません。特に古くから使用されている三環系うつ剤は躁病相を引き起こすリスクが高く、急速交代化を進めるとも言われています。希死念慮があるなど重いうつ症状がある時に一時的に抗うつ薬(SSRI、SNRI)を併用するケースもありますが、漫然とした使用はかえって病状が悪化する可能性もあるため、慎重な見極めが必要です。必ず医師またや薬剤師の指示に従って正しく服用してください。
双極性障害の生涯有病率は約1%と言われています。発症は10代後半から20代前半に多いですが、なかには中高年・高齢になってから「そういえば、もともと気分の波が激しかった」と気付く方も少なくありません。双極性障害は、気分の波を安定させるために、早期治療が大切です。特に原因のない気分の浮き沈みが続く時は、医療機関に相談しましょう。