老年期うつ病と認知症は、判断が難しく、併発していることもあるため、注意が必要です。
うつ病は年齢に関わらず、どなたにも起こり得ますが、65歳以上の高齢者(老年期)では環境の変化に加えて、加齢に伴う衰え・病気などが増えることから、年代的にうつ病になりやすい傾向があります。
さらに、若い方のうつ病とは異なり、精神的な不調と比べて身体の不調が前面に現れるなど、老年期のうつ病はなかなかご本人では自覚しにくく、治療が遅れると重症化しやすい上、老年期うつ病から認知症へ移行することも少なくないなど、老年期特有の病態があります。
老年期のうつ病は「老化現象」や「気持ちの持ちようで治る」ものではなく、専門的な判断の元、適切な治療をすることが大切です。
そのためには、ご家族や身近な方が、すぐに気づけるかがポイントとなります。
「好きだったことに興味がなくなった」「今までしていたことをしなくなった」「原因不明の体調不良が続いている」など、気になる点がありましたら、お気軽に当院までご相談ください。
以下のチェック項目のうち、2つ以上項目で「2週間以上、ほとんど毎日続いている」ときには、「老年期うつ病」の可能性があります。
早期に気付くためのポイントは「これまでの様子とは、急に異なってきた」という点です。
高齢者のご家族・周りの方は、よく見ていてあげてください。
「きっと年のせいだろう……」と思い込まず、普段と違うことが続いていたら、一度当院までご相談ください。
「老年期うつ病」は医学的な病名ではなく、「65歳以上の高齢者(老年期)のうつ病」のことを意味します。うつ病はどの年齢層でも起こり得ますが、他の年齢層と高齢者では症状の現れ方や原因などが異なり、高齢者特有の特徴がみられます。
老年期のうつ病では、次のような特徴がみられます。
老年期のうつ病では、強い気分の落ち込みなど典型的なうつ症状が現れるケースは1/3~1/4程度とされます。悲哀の訴えが少なく、症状の一部だけが強く現れたり、一部が弱くなったりしていることがよくあります。
老化現象に伴う身体機能の低下が影響することで、こころよりも身体の不調が現れやすいです。身体に悪いところはないのに体調が優れず、身体の痛みや不快感を訴えることがあります。
認知症に伴う抑うつ状態、大切な人を亡くした後にみられる死別反応との鑑別が難しいケースが多々あります。
老年期は「こころと体の結びつきが特に強くなる」ため、うつ病の発症をきっかけに他の持病が悪化したり、逆に持病がうつ病を併発させたりすることがあります。
若い方と比べて、脳腫瘍・脳出血・アルツハイマー型認知症といった器質的原因や、多種多様な薬を服薬している場合のお薬の影響によって、うつ病が引き起こされているケースが多くみられます。
厚生労働省の患者調査(2020年/令和2年)によると、うつ病などの気分障害の患者さんは推定172万人とされており*1、老年期では、高齢者の約10%の方がうつ病であると考えられています。
*1(参考) 患者調査 令和2年患者調査 確定数 全国編 報告書|厚生労働省
うつ病は男女とも40代~50代に発症者数のピークを迎えますが、老年期では女性の60代~70代にピークがあります。
(グラフ)年齢・男女別_気分障害_総患者数(2020年)
※厚生労働省「令和2年患者調査 確定数 全国編報告書(確定数全国編報告書第36表
総患者数,性・年齢階級(5歳)×傷病分類別)」よりグラフ作成
老年期では、典型的なうつ病症状が出ない場合が多いため、見逃されやすい傾向があります。
治療の遅れから重症化して介護が必要となったり、さらには「死にたい」と考えてしまったりするようになることがあります。
気になる症状がありましたら、早めに専門の医療機関を受診して、治療に繋げることが大切です。
老年期特有のうつ病症状として、次のようなものがあります。
老年期では、うつになりやすい要因が多く存在しており、お互いが複雑に影響し合って発症していると考えられています。
老年期のうつ病の原因は、「重大なライフイベント」「慢性的なストレス」の2つに大きく分けられます。
老年期うつ病の発症要因となる、ライフイベント例には次のようなものがあります。
老年期うつ病の発症要因となる、慢性的なストレスには次のようなものがあります。
上記のような老年期うつ病の原因に加え、以下のような危険因子がある場合には、そうでない方と比べて発症リスクが高くなると考えられています。
老年期は、他の年代と比べて病気になりやすい傾向があるため、認知症など他の病気との鑑別が必要です。以下のような検査を行い、総合的に診断します。
→認知症については、以下のページにて詳しく説明しています。
記憶についての質問、文章・図形を描く、計算をするなどといった認知機能に対する確認や程度を詳しく調べます。
電解質やホルモンバランスの異常、内科系疾患など認知機能に影響を及ぼすものがないかを調べます。
脈の揺らぎを調べ、不整脈・狭心症などの病気がないかを調べます。
当院ではCT検査機器を用いて、認知機能に影響を与えるような脳の異常(脳の萎縮や脳梗塞、脳出血の後遺症、脳腫瘍など)があるかを調べます。
※MRI検査や脳血流SPECT検査など精密検査が必要な場合は、連携医療機関へ予約いたします。
(画像)当院のCT検査機器(16列)
老年期のうつ病治療では、他の世代と同じく「心理教育・生活環境の調整」「薬物療法」「精神療法」の3つを基本とします。なお、身体的疾患を伴った「うつ」であれば、うつ病治療とともに原因となっている病気の治療を並行して行うことが重要です。
本格的な治療を行う前に、ご本人とご家族・介護者の方に対する心理教育および環境調整を行うことが推奨されています。
「うつ病とはどんな病気か」「どんな治療が必要か」といったことをお話しします。患者さんや周りの方がうつ病についての理解を深め、治療にプラスとなる対処行動を取るよう促します。
うつ病改善には「安心して暮らせる雰囲気」が大切です。
高齢者の場合には「孤独にしない」「無理のない程度で役割を与える」「地域活動への参加促進」「身体を動かす機会を作る」「外出して気持ちを外に向ける」など、活力を取り戻せるような環境作りを意識しましょう。
これまで使用されていたお薬は、高齢者の方には眠気・口の渇きなどの副作用が強く、使いにくい状況がありました。しかし、最近では「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」「セロトニン」「ノルアドレナリン再取り込み阻害薬」といった新しいお薬が登場しています。これらの薬剤は従来のものと比較して有害な副作用が少ないという特徴を持ちます。
なお、ご高齢の方では持病を多く抱えていることが多いので、他のお薬との飲み合わせに注意しながら処方していきます。そのため、受診の際には「おくすり手帳」をご持参ください。
当院には心理士が在籍しております。医師が必要と判断した場合、薬物療法に加えて「認知行動療法*2」を併用して行います。
*2認知行動療法:感情・行動に影響を及ぼしている、極端に偏った(歪んだ)考えを特定し、より現実的で幅広く物事を捉えられるよう修正する心理療法のひとつ。不安軽減や適切な対処行動に繋がる。
老年期うつ病と認知症は、判断が難しく、併発していることもあるため、注意が必要です。
一般的に、うつ病では短期間で複数の症状がある上、本人の自覚もあります。たたし、質問自体は理解できても、迷って答えが出せず「分からない」と反応することが多いです。
老年期うつ病 | 認知症 | |
発症の特徴 | 短期間複数の症状が現れる発症を気づかれやすい | 徐々に進行発症を気づかれにくい |
症状 | 初期は身体の不調が多い抑うつ感が強い希死念慮(死にたいと思うこと)がある | 意欲低下や問題行動が目立つ自責感・希死念慮はない |
不眠 | 不眠中途覚醒 | 夜間せん妄*3昼夜逆転 |
質問への回答 | 迷ってしまい、「分からない」と答える | 的外れな回答が多くなる指摘すると、取り繕う |
本人の自覚 | 認知機能低下を自覚不安を覚える | 【初期】 認知機能低下を自覚※うつ病を併発することがある【進行後】症状には無関心 |
老年期うつ病を予防するためには、「気持ちを元気にすること」が大切です。
以下のようなポイントを意識しましょう。
退職後は、新しい趣味を見つけたり、これまでじっくりできなかったことにチャレンジしたりすると良いでしょう。積極的に外出して、仲間など誰かと話す機会を設けることもおすすめです。
高齢になると、毎回食事を作るのが大変になる方もいるでしょう。そういった場合は「宅配食サービス」を利用してはいかがでしょうか。最近の宅配食サービスは、栄養バランスやカロリー、塩分量などに高齢者に配慮して作られたものがたくさんあります。毎日ではなく、週何日だけ利用するのも手です。自炊する場合は、できるだけ肉や魚を交互に食べ、お味噌汁に海藻・野菜を入れるなど工夫して、栄養バランスが偏らないようにしましょう。
太陽の光を浴びると、脳内で神経伝達物質「セロトニン」が分泌されます。セロトニンは「幸せホルモン」とも呼ばれ、ストレスを軽減させ、精神の安定や身体の活動性を高めたり、痛みを抑制したりする効果が期待できます。朝の光を浴びながら、ウォーキングや散歩を日課にするとリフレッシュできます。
ご家族が老年期うつ病と診断されたら、次のようなポイントに注意しましょう。
治療は、患者さん本人の意思・ペースに合わせるようにしましょう。
うつ病の人に、無理やり運動を促したり、過度に「頑張って」と励ましたりすると、かえってプレッシャーになって、状態が悪くなることがあります。
「頑張って」よりも「頑張っているね」とねぎらってあげると良いでしょう。
患者さんに負担を掛けまいと、周りが何でもやってあげることは患者さんにとってプラスとなるとは限りません。周りの過剰な心配によって、患者さん本人は遠慮・申し訳なさから「強いストレス」を感じ、抑うつ感が強まる可能性があります。うつ病診断後も「今まで通り自然に接する」ことが大事です。本人ができるのであれば、無理のない範囲で今まで通り続けてもらいましょう。
サポートをする側も心身の健康を保つことが大切です。初めて「老年期うつ病」と向き合うご家族からしてみれば、ご心配は少なからずあると思いますが、不安や負担を全て「ご家族だけ」で抱え込む必要はありません。特に患者さんと同居している場合には、ご家族が「対応の責任」を強く感じてしまうケースがよくあります。サポートするご家族でも、何か悩みがあれば、遠慮せず患者さんの担当医や自治体の施設・サービスに相談してください。また、症状がひどい場合は入院なども検討します。患者さんならびにご家族の生活も大切にしながら治療を続けていきましょう。
老年期のうつ病は、認知症と区別がつきにくいこと、また認知症と合併しやすい事もあり、精神状態と認知機能の双方の評価が必要なります。当院では、認知症の診療も専門的に行っていますので、認知症なのか、うつ病なのか、迷う際は気軽にご相談ください。また、老年期のうつ病は自殺のリスクが高く、早期発見・治療が大切です。ご家族が少しでも気になる際は、早めにご相談ください。