MCIは認知症の前段階ですが、必ずしも認知症を発症するという訳ではありません。
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軽度認知障害(MCI)*1は、物忘れなどの認知機能の低下が見られるものの、日常や社会生活は自立した状態のことで、認知症を発症する一歩手前の状態と考えられています。早期に発見し、適切な対策を行うことができれば、認知症の予防や発症を遅らせることが可能なため、気になる兆候が現れた時は放置せずに詳しい検査を受けましょう。
*1 MCI:Mild Cognitive Impairmentの略
「認知症予備軍」と言われる軽度認知障害(以下MCI)は、認知症ではないが、正常とも言えない、いわば”グレーゾーン”の状態です。同年代に比べて記憶力や注意力などの認知レベルが明らかに低下し、自身でも違和感があるものの、社会生活には大きな支障がなく自立した生活ができているため、医療機関を受診していない、という方も少なくありません。
高齢化社会の進む日本国内では、認知症やMCIの患者数は年々増加しています。
2012年に行われた厚生労働省の調査によると、MCIと診断されている人は65歳以上の高齢者の13%を占める400万人に上ると報告されております。その後も増加傾向が続いており、MCIの自覚がない方や、生活への支障がないため医療機関を受診していない方など、潜在的な数も含めると患者数はさらに増えることが予想されます。
アルツハイマー型認知症をはじめとする認知症の多くがMCIの段階を経て発症すると考えられています。毎年、MCIと診断された方の約5~15%が認知症に移行しており、放置していると半数以上が5年以内に認知症を発症すると言われています。しかしその一方、MCIの正しい原因を突き止めて適切な対策を行うことができれば、認知機能が改善する可能性も十分残されており、過去の調査ではMCIの状態の方の約16~41%の方は認知レベルが回復して健常に戻った、というデータも報告されています。*2
認知症への進行(コンバージョン)を防ぐには、早期に適切な治療や対策を行うことが非常に重要です。対策が早ければ早いほど健常な状態に戻る確率も高くなるため、物忘れが増えたと感じる時や、同年代の方に比べて認知レベルの低下が気になる時は、早期にご相談ください。
以下のような徴候はMCI発症の初期症状(サイン)の可能性があります。
症状が続く場合には一度受診して詳しい検査を受けることをおすすめします。
MCIは、認知症と同じく、脳内の神経細胞に変化が見られ、認知機能の低下が起きているものの、その程度が軽度であるのが特徴です。
MCIや認知症を引き起こす病気はたくさんありますが、その中で最も発症数が多いのはアルツハイマー病によるものです。アルツハイマー病は、脳に「アミロイドβ」や「リン酸タウ」という特殊なたんぱく質が溜まり、脳全体が萎縮する病気です。認知レベルが低下して軽い物忘れ症状などを生じるMCIの段階を経て、アルツハイマー型認知症を発症すると考えられています。
同様に、「α-シヌクレイン」という特殊なたんぱく質の塊(レビー小体)が脳に蓄積されて起こる「レビー小体性認知症」、小さな脳の血管の病変や梗塞(血管の詰まり)が原因で起こる「血管性認知症」、前頭葉と側頭葉を中心に脳の神経細胞が減少する「前頭側頭型認知症」なども、それぞれMCIの状態を経て発症すると言われています。
ただし、短期間で認知症に進行する場合もあれば、長期間MCIの状態にとどまるものや自然に改善するものもあり、なぜこのような差が出るのかについてはまだ不明な点も多く残っています。
※その他、うつ病や不安、甲状腺機能低下症、睡眠時無呼吸症候群、てんかん、薬の副作用といった心や身体の病気が原因で、物忘れなどの認知機能の低下を引き起こすことがあります。
症状の改善にはそれぞれの病気の治療が必要になります。
軽度認知障害(MCI)には、記憶力が低下する「健忘型MCI」と、注意力や遂行力などが低下する「非健忘型MCI」の2つのタイプに分けられ、それぞれ特徴的な症状があります。ただし、身の回りの基本的な作業が難しくなる認知症に比べてMCIは程度が軽く、日常生活に伴う動作は問題ないことも多いため、周囲の方が症状に気付きにくく、発見が難しい場合もあります。
主な症状は、記憶力の低下(物忘れ)です。緩やかな記憶力の低下は老化現象の1つであり、誰でも忘れっぽくなりますが、MCIによって起こる記憶障害は、加齢によって起こる生理的な物忘れに比べて症状が重く、頻繁に起こるのが特徴です。
健忘型MCIには、初期の段階で記憶障害のみがある「単一領域」と、複数の障害が起きる「多重領域」の2つのタイプがあります。単一領域の場合、進行すると将来的にアルツハイマー型認知症に移行する可能性が高く、多重領域の場合、アルツハイマー型認知症もしくは脳血管性認知症に移行すると言われています。
主な症状は以下の通りです。
言語障害や遂行機能障害(段取りよく作業を行うことが難しくなる)など、記憶障害以外の認知機能の低下による症状が見られるのが特徴です。
非健忘型MCIには、初期の段階で記憶障害以外の認知障害が1つだけ起きている「単一領域」と複数の障害がある「多重領域」の2つのタイプがあります。単一領域の場合、進行すると、将来、前頭側頭型認知症に移行する可能性が高く、多重領域の場合、レビー小体型認知症や脳血管性認知症に移行する可能性が高いと言われています。
主な症状は以下の通りです。
MCIを診断するためには、脳の中でどのような変化が起こっているかを調べる必要があります。
MCIと認知症のボーダーラインは曖昧で診断が難しい場合も多いですが、診察時に日常生活の様子を詳しくお伺いするとともに、以下のような検査を行って年齢相応の認知機能の低下が見られるかで判断を行います。
患者さんに生じる「物忘れ」が認知機能の低下によって起こるものかを調べる検査です。
質問表を使用し、面談形式で質問にお答えいただく他、文章や図形を描く検査などを行い、記憶や見当識、実行機能などの脳の機能を評価します。当院では、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やミニメンタルステート検査(MMSE)などの簡易検査のほか、Alzheimer’s Disease Assessment Scale(ADAS)など、さらに詳しい検査も行っています。
血液検査や必要に応じて尿検査、心電図検査、感染症検査、X線検査などの基本的な身体検査を行います。全身の健康状態を調べることで、薬による影響、栄養(ビタミンB12欠乏)や甲状腺機能不足など、MCIに似た認知機能の低下を引き起こす病気との鑑別を行います。また、治療方針を決める上でも身体全体の状態を把握することは重要です。
当院ではマルチスライスCTを導入しており、脳の萎縮や脳梗塞、脳出血など、脳に異常がないかを調べるために受診当日に頭部CT検査が実施できます。また、必要に応じて、MRI検査、脳の機能を調べるための脳血流シンチ(SPECT)、アミロイドβの蓄積を調べるアミロイドPET検査などを行います。
※MRI検査や、SPECT検査、アミロイドPET検査などの精密検査を行う場合、地域の連携医療機関をご紹介いたします。
総合的な診断の結果、MCIと診断された場合は、原因に合わせた治療を行うことになります。
MCIの中でも、甲状腺機能低下症などの内分泌疾患やうつ病といった特定の病気が原因の場合、その病気の治療を行うことで認知機能が回復し、健常に戻る場合があります。
また、アルツハイマー病などの進行性の病気が原因の場合でも、食事や運動、睡眠といった日常的な生活習慣の改善を行うことで、進行を抑えたり遅らせたりすることが可能です。定期的なフォローアップを続けることで、認知症へのコンバージョンが起きた場合でも早期に発見し、治療に繋げることが可能です。
脳は、大量のブドウ糖を消費しているほか、ビタミンB群や葉酸、カルシウム、亜鉛などは脳の代謝や情報伝達物質として重要な働きをしています。さらに「腸脳相関」と言われるように、腸と脳は互いに関連し合い、日々の食事が代謝や免疫内分泌、神経系を介して脳の構造や機能に深く関わっているため、日頃から規則正しい食生活を心がけ、脳の機能を維持することが大切です。
現時点で、認知症の進行を予防する食物というのは科学的に証明されていませんが、野菜、青魚などを中心に1日20~30品目バランスの良い食事を摂ることで、認知症のリスクを高める生活習慣病を予防する効果が期待できます。
また、食卓での楽しい会話や季節を感じる旬の食材、さらに味覚・触覚・嗅覚・視覚・聴覚といった五感への刺激が心と身体の栄養になり、認知レベルの改善にも効果が期待できます。
≪生活習慣病を予防するおすすめの食材≫
脳は加齢により少しずつ小さくなり、徐々に機能が低下しますが、運動をすると脳の血流量が増加して神経細胞が増えるほか、「神経栄養因子」と呼ばれるタンパク質が増え、脳の容積も大きくなります。さらに、身体を動かすことで、認知機能の低下を招くうつ症状の軽減や睡眠の改善など多くの相乗効果が得られ、認知機能の向上が期待できます。
運動療法では、軽く息が上がる程度の有酸素運動と、筋肉に負荷をかけるレジスタンストレーニングを週に3回以上、半年以上続けることが推奨されています。中強度(通常の歩行と同等以上)の運動で認知機能への効果が高まると言われていますが、体力に合わせて無理をしない程度に行うことが大切です。
≪おすすめの運動例≫
ジョギング、サイクリング、ウォーキング、水泳、エアロビクス、コグニサイズ*3など
*3 2015年、国立長寿医療研究センターが発表した認知症予防のための運動療法。「足踏みしながら数を数える」など、運動課題と認知課題を同時に行うのが特徴で、心身の機能を向上させる効果がある。
椅子を使ったスクワット、腕立て伏せ、かかとの上げ下げ、上体起こしなど
MCIの方を対象に行われた調査では、記憶に特化したトレーニングが全般的認知機能(注意、記憶、実行機能など認知機能にまつわる機能)の改善に大きな効果を示したと報告されています。例えば、ボードゲームでは相手の作戦を予想して先を読むことが必要になりますし、書道や絵画などの芸術活動などは手先の細かい運動が必要になるため、脳機能が活性化される効果が期待できます。
≪おもな認知機能トレーニング≫
中高年以降増加する生活習慣病(高血圧や糖尿病、肥満、脂質異常など)は、認知症やMCIの発症リスクを高める大きな要因になります。日常生活を見直し、バランスの良い食事や適度な運動、良質な睡眠をとるとともに、必要に応じて薬物療法で病気をコントロールすることが重要です。また、たばこや過度の飲酒は症状の悪化に繋がりますので、すぐに禁煙を行い、お酒も控え目にしましょう。
さらに、趣味や地域の活動などで周囲の人との交流を持つことは、脳への良い刺激になります。ストレス軽減効果も期待できるため、積極的に人と関わり、社会活動を続けていくことが大切です。
MCIは認知症の前段階ですが、必ずしも認知症を発症するという訳ではありません。
医療機関でMCIと診断された場合、より症状の重い認知症に進行するのは1年で1割程度です。早いスピードで進行する人もいれば、MCIの状態で長期間安定する人もいます。時には正常レベルに戻るケースもあり、なぜこのように経過が異なるのかは明らかになっていませんが、いずれにしてもMCIの状態がハイリスクであることは間違いないため、早期の段階で予防や発症を遅らせる対策を行うことが重要です。
MCIは決して高齢者だけの病気ではありません。65歳未満の方に起こることもあり、症状が進行すると「若年性認知症」に移行します。現役世代で発症する場合、子育てや介護などを担っているケースも多く、ご本人やご家族の不安はさらに大きいものになります。症状が進行した時に備え、自立した生活が可能な早期のMCIの段階で、どのような支援が受けられるのか(公的サービスや介護保険制度など)必要な情報を調べ、環境を事前に準備しておくことが必要になります。
2023年12月20日付けでアルツハイマー病の新しい治療薬である「レカネマブ(レケンビ®)」が発売されました。脳内に蓄積するアミロイドβを除去する新しい作用を持つ薬剤(点滴)で、アルツハイマー病による軽度認知障害(MCI)や軽度認知症の方が投与対象となっています。
大規模な基幹病院などは、すでに治療が始まっているところもありますが、当院では、最適使用推進ガイドラインのほか、ここまでの臨床試験の結果や知見も含め、治療を行うメリットがリスクを上回ると考えられる方を対象に治療をご案内できるよう、準備を進めています。
認知症の発症を遅らせるためには、MCIの状態を早期に発見し、その原因に対して早期治療・予防を行うことが大切です。軽い物忘れや生活での変化、両親が認知症で自分も認知症にならないか心配など、どんなことでも気になる際は、お気軽にご相談ください。